

自分のプライバシーを知られたくなかったら何に気をつける。悪戯電話対策をしたり、自分のことをつけたりしている奴がいないか注意したり。せいぜい思いつくのはこんなことだろう。そんなことよりもっと重要なことがある。教えよう。ゴミを無造作に捨てるのはやめるべきだ。 今すぐに。覚えておいた方がいい。ゴミは情報の宝庫だ。そのゴミを捨てた人間のすべてが詰まっている。
街を徘徊するとき、少し視点を変えて眺めると、そこは他人に知られたくない個人情報で溢れているのがわかる。
大量消費社会となった現在。日常生活から大量のゴミがでる。不要になったもの、汚れたもの、使い古されたもの達は、いともあっさりごみ箱に捨てられる。そして大抵の人間はものをごみ箱にいれた瞬間、捨てたもののことをさっぱり忘れて安心しきってしまう。おかしな話だ。少し考えればわかることだ。物質としての「ゴミ」はここで消え去ったわけじゃない。清掃車に回収され、焼却施設で燃やされて灰になるまで、確実に多くの意味や情報を持ってこの世に存在してる。
他人に見られたくない日記や手紙、給与明細やクレジットの請求書。焼却までして処分する人間はあまりいないだろう。だとすればそれは、どうなったか。ゴミ袋に入っているが、ある瞬間、あまりにも無造作に路上に放置されていたということだ。
ゴミは、その語る言葉によって、いろいろな種類に分けられる。
まずはマンガ、週刊誌の類。ゴミ漁りを初めて最初に聞こえるのがこの類のゴミの声だ。ある程度決められたコースをマメに回っていると、必ず同じ種類の雑誌が定期的に捨てられている場所に巡り会う。そこで雑誌を拾い続けていれば定期購読ができるというわけだ。少年ジャンプ、少年マガジン、少年サンデー、少年チャンピオン、ビックコミックスピリッツ、ヤングジャンプ、ヤングマガジン、モーニング、SPA、週刊新潮、週刊ポスト、フォーカス、フライデー、フラッシュ、たまごクラブ、ひよこクラブ、an an、キューティー、ヤングユー、大体このくらいの雑誌はゴミ漁りで定期購読している。ゴミとして拾わなければ絶対に読まなかった雑誌もけっこうある。ゴミ漁りはいろいろな意味で視野を広げてくれた。金に換算しても一ヶ月に約2万円分ぐらいの雑誌を拾ったことになる。結構得した気分になるが、考えてみればどれも別に読まなくてもいいような本ばかりだ。別に得した訳じゃないだろう。
金の話が出たついでに言っておくと、意外とよく拾うのが小銭。使い古した鉛筆やボールペン、ホッチキスなどが入っている事務系のゴミ袋の下の方に1円玉や5円玉が入っていることがある。まあ、額は大したことないのだが、初めて小銭を見つけたときは、この世の中には1円5円はゴミだとみなす人間がいるのだと知り、結構ショックだった。
写真の入ったゴミもよく見かける。引っ越しや大掃除の時にまとめて捨てられていることが多い。ごく普通のゴミの中に2、3枚入っていることもある。そんなゴミのほとんどは若い女性のもので、自分の写っている写真が捨てられる。多分、写りが気に入らなくて抹殺された写真だろう。半分目をつぶっていたり、歯茎を大きく出して笑っている写真。彼女等の見られたくない姿が写っているそんな写真は、とても興奮する。写真が語りかけてくる声を聞きながら、オナニーする。
性欲を満たすことを目的としたアイテムは、紙袋や段ボール箱にガムテープで封をして捨てられている。密封された容器を開けると、これらの声が、ほんとにストレートに聞こえてくる。それを捨てた人間の本能に基づいた欲求の声が聞こえてくる。その種の声は、じわじわと体にまとわりついていく。
テレビは夜中にこっそりと捨てられる。テレビのような家電を放り投げて捨てるような豪快な人間はめったにいない。そっと路上に置かれるのが普通だ。したがって捨てられているテレビのほとんどは、一見壊れていないかのように見える。持って帰ってコンセントとアンテナにつなげてみなければ、使えるかどうかの判断は難しい。しかし苦労して試してみる価値はある魅力的なアイテムだ。家にあるテレビは多ければ多いほどいい。テレビの明かりには、不思議な力がある。狭い部屋の中でたくさんのテレビモニターが放つ光はやさしく心の中を照らしだす。そして心は光合成して活性化する。まるで森の中で木漏れ日を受けている、そんな気持ちにさせてくれる。そう、ここは森の中。木の実をひろい鳥や虫の声を聞いて暮らす、そんな生活だ。

|